比叡山 延暦寺 |
比叡山 延暦寺〜日本仏教の聖地〜 |
比叡山 延暦寺 |
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こころを癒す 京都>比叡山 延暦寺〜日本仏教の聖地〜 | 山間に佇む 比叡山延暦寺 根本中堂 |
| 比叡山 延暦寺 京都と滋賀にまたがる標高848mの霊峰、比叡山。 比叡山の四明岳の山すそに延暦寺が建っています。 785年に最澄が建てた一乗止観院が始まりと言われています。 比叡山延暦寺は、多くの高僧を輩出してきました。 |
比叡山 延暦寺 785年に最澄(伝教大師)が比叡山に一乗止観院を建てたのが始まりで、 以降天台宗の総本山となっています。最澄はこの地で、天台宗を開き、高僧 として有名になっていきます。 それにつれて、延暦寺も宗派の総本山として隆盛します。僧兵を背景とした 勢いはすさまじく、元亀2(1571)年の織田信長による焼き討ちは、この強大な 政治力を打ち砕こうとしたものでした。 延暦寺は浄土宗の開祖法然、浄土真宗の開祖親鸞、日蓮宗の開祖日蓮、 臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖道元ら多くの高僧を輩出しています。 「日本仏教の母山」とも称され、日本仏教の代表的な聖地として世界遺産にも 登録されています。 山内は広く、東搭、西搭、横川の3地区に分かれています。延暦寺全体の 本堂でもある東搭中堂は寛永19(1642)年に徳川家光が復興したもので、 国宝に指定されています。朱塗りの柱が鮮やかな横川中堂は昭和46年の 復元です。 比叡山 延暦寺 東搭 延暦寺の中心となるエリア。根本中堂をはじめ、大講堂、戒壇院、阿弥陀堂 といった諸堂が、杉木立のなかに点在しています。根本中堂は最澄が一乗止 観院を建てたところといわれ、延暦寺の本堂です。 織田信長に焼き討ちにされた後、徳川家光により、寛永19年、再建されま した。丹塗りの入母屋造りで内陣と外陣に別れ、三方に回廊を巡らせてい ます。その回廊の壁には、小中学生の多くの書が掲載されており、どれも 見事なものでした。 堂内には最澄自作伝承がある薬師如来が安置されており、絶えたことの ない不滅の法灯が燃え続けています。私が、訪れたときは、ちょうど法話をし ていたので、聞くことができました。 比叡山 延暦寺 西搭 東搭の西側にあります。にぎわいを見せる東搭に比べ、こちらは閑散として おり、老杉に覆われ、とても静かな空間が広がっています。 釈迦堂(転法輪堂)は西塔の中心堂宇で、大津の三井寺から豊臣秀吉が移築したもので山内ではもっとも古い建物といわれています。 その前に法華堂と常行堂が建ち、ふたつの建物が渡り廊下で結ばれているため、「弁慶のにない堂」と呼ばれている。 比叡山 延暦寺 横川 西搭からさらに北東へ4 kmほど離れたところにあります。横川中堂は 朱塗りで舞台造りの建物で、建物全体が舟の形をしています。ほかに宝形 造りの恵心堂、慈恵大師ゆかりの四季講堂などの堂塔が点在します。 |
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