金閣寺 |
金閣寺〜金色の寺〜 |
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こころを癒す 京都>金閣寺〜金色の寺〜 | 雪化粧の金閣寺![]() |
| 金閣寺 金閣寺京都の名寺として筆頭に上げられる寺で、 観光客に最も人気のある寺の一つです。 足利義満によって創建されました。 金閣寺は俗称で、正式には鹿苑寺といいます。 金閣寺は世界遺産に登録されています。 |
金閣寺 背後に大文字山を控えた境内は池泉回遊式の庭園が広がり、中心と なる鏡湖池の池の畔に寺の象徴である金閣がたっています。 この金閣寺と鏡湖池を中心に広がる池泉回遊式庭園は、北山文化を 象徴する造りとなっています。 3層からなる金閣寺 初層・・・藤原期の寝殿造の「法水院」 第2層・・鎌倉期の武家造の「潮音洞」、 第3層・・唐様式仏間の禅宗仏殿造りの「究竟頂」です。 2層と3層には純金の箔が施されています。 金閣寺は太陽の光を受けて、光り輝き、特に水面に映る金箔の輝き はとても美しく、圧巻です。 足利義満の栄華を今も伝え、北山文化の華やかさを肌に感じました。 また、豪華で煌びやかな輝きも、鏡湖池を中心とする美しい庭園と 調和し、単に絢爛豪華なだけでなく、雅な光景を現出しています。 金閣寺は季節によって様変わりし、春は桜が花を添え、秋は紅葉に 彩られ、冬は雪化粧をと様々な表情を見せてくれます。 また不定期ですが、ライトアップされた金閣もまた一興で、闇に浮かぶ 金色の金閣は筆舌に尽くしがたく、いつまでも眺めていたい思いにとらわ れます。 金閣寺 庭園 さらに進むと安民沢という池があり、その先には茶室夕佳亭があります。 その裏手には、義満の居間の旧跡といわれている挟北楼(きょうほくろう) があります。 この周辺は金閣寺より高度が高く、そこからみる金閣寺も普段と異なり、 違った表情を見せてくれます。 金閣寺あれこれ この地には、鎌倉時代の元仁元年(1224年)に藤原公経(西園寺公経) が西園寺を建立し、あわせて山荘を営んでいました。 これらは公経の子孫である西園寺家が代々所有していました。 当主・西園寺公宗が後醍醐天皇を西園寺に招待して暗殺しようと企てた という容疑がかけられて処刑されてしまい、西園寺家の膨大な所領と資産 は没収されてしまいます。このため、西園寺も次第に荒れていきました。 1397年(応永4年)、足利義満が河内国の領地と交換に西園寺を譲り 受け、ここに北山殿を創建したのです。邸宅とは言え、その規模は御所 に匹敵し、政治的機能を有し、政治中枢全てが集約されていました。 義満の死後、義持によって北山殿は舎利殿を残して解体され、禅寺と されて鹿苑寺と名付けられました。 金閣寺は北山文化の華やかさを、銀閣寺は東山文化のわび・さびを 表現してます。 義満は造園にあたり、名木、名石を諸大名から集めさせたと言われま す。誠に残念なことに、現在の金閣寺は昭和30年に復元されたものです。 昭和62年には金箔の張直しも行われています。 国宝に指定されていた以前の金閣寺は、昭和25年、同寺の一僧の放火 により全焼してしまいました。この事件は三島由紀夫の小説「金閣寺」、水 上勉の小説「金閣炎上」の題材にもなっています。それほど世の中を震撼 させた事件でした。 金閣寺の御案内
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金閣寺 ![]() 金閣寺 ![]() 水面に浮かぶ金閣寺 ![]() 金閣寺 夕佳亭 |