坂本龍馬 |
坂本龍馬〜坂本龍馬と京都〜 |
坂本龍馬 |
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こころを癒す 京都>坂本龍馬〜坂本龍馬と京都〜 | 坂本龍馬 肖像画 |
| 幕末の志士 坂本龍馬 幕末の志士、坂本龍馬は天保6年11月15 日(1836年1月3日)土佐藩郷士・坂本 八平の次男として生を受ける。薩長同盟や 、海援隊を組織する等、多くの活躍をする が、京都の近江屋で暗殺される。 |
京都は坂本龍馬終焉の地です。京都に今も残る竜馬に関係の 深い場所を紹介します。 京都霊山護国神社 二年坂から延びる長さ200 mほどの坂道で、「維新の道」という坂道が あります。上り詰めたところには、京都霊山護国神社があります。 明治元年に明治天皇の大政官布告により、龍馬をはじめ、明治維新の 志士の霊が霊山護国神社に祀られることになりました。 境内東側の山麓には、坂本竜馬と中岡慎太郎の墓をはじめ、維新の 志士の墓が550基もあります。他の志士の墓とは別扱いになっています が、偉人の墓にしてはやや小さい印象を受けました。墓のとなりには、 坂本龍馬の像があります。 この場所は、全国の竜馬ファンの聖地となっている場所でもあります。 霊山歴史館 京都霊山護国神社の向かいにある霊山歴史館には、維新の志士、偉人 をはじめ、新撰組に関する資料など、約5000点を収蔵しています。現代の 日本の礎となった明治維新の精神に触れることができます。 龍馬が愛用していた鉄砲や、所用紋服、書状等が展示されています。 このピストルは、有名な寺田屋事件の時に、襲撃した幕吏に発砲したと いわれています。 寺田屋 幕末に旅籠だった木造2階建ての建物で、坂本龍馬が定宿していた事 で知られています。 寺田屋は現存する建物で、当時のままの姿をとどめる老舗旅館です。 現在も建物の中には幕吏の刀傷の跡、龍馬が襲ったピストルの弾痕など がみられ、龍馬の肖像画もあります。 寺田屋事件 薩摩藩内部の急進派と穏健派の争い。 討幕急進派がここで決起を企て、宿泊していた竜馬が幕吏に襲撃されます が、危うく難を逃れたという逸話が残っています。 龍馬最後の場所 河原町にある木工芸の店、酢屋は、龍馬が暗殺される直前までここの 2階に下宿していたといわれています。現在は、木工芸の店になっており、 毎年11月15日の命日には、2階で龍馬展が催されます。 暗殺された場所は、河原町通り沿いの近江屋でした。ここで龍馬は中岡 慎太郎らと密会しているところを見廻組に襲撃され、その晩に絶命しまし た。坂本龍馬33歳の時でした。現在、近江屋跡には「坂本龍馬遭難之地」 という小さな碑があるのみです。 |