島原太夫 |
島原〜吉野太夫〜 |
島原 太夫 |
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こころを癒す 京都>島原〜吉野太夫〜 | ![]() |
| 島原 吉野太夫 島原は京都で最古の花街があ ったところです。かつて島原遊郭は堀と塀に 囲まれていました。現在は、正門だった大門 のほか、揚屋の角屋、置屋の輪違屋といった かつての建物がわずかに面影を伝えています。 |
島原 島原は室町期頃からあり、秀吉に許されて、1589年に二条柳馬場に おかれた。度重なる移転ののち、1641(寛永18)年、島原に移されました。 置屋 置屋は太夫を抱える店で、揚屋は客を上げ、客の求めで沖やから太夫 や遊女を読んで遊ぶ店のことです。太夫が客に呼ばれて置屋から揚屋 へ出向くのを太夫道中といいます。現在、営業を続けている茶屋は一軒 のみ。 輪違屋(わちがいや) 元禄時代に創業した置屋です。芸子を抱えているところで、現在も芸子たちはここからお座敷に通っています。外観のみ見学可能で、その古びた木造の格子が歴史を感じさせます。 角屋(すみや) 島原に現存する唯一の揚屋(宴会をするところ。現在の料亭にあたる。) で、1640年に島原移転の際に移築され、国の重要文化財に指定されて います。入口の木戸をくぐって中に入ると、台所の入口と右手に井戸が あります。修繕はされていますが、建物の内部の各座敷にも江戸時代の 揚屋ならではの請った造りが随所に見られ、とても印象的でした。 志士の遺品や刀傷のある柱も見ものであり、その当時を思い偲ぶことのできる建物です。 島原の吉野太夫 吉野太夫は、美貌、教養ともに優れた格の高い太夫で、当時の文人たちとも交流がありました。吉野太夫の頃、島原は六条柳街にあったようです。 |
島原 吉野太夫 |